車いすの部男子シングルスで初優勝し、
笑顔でトロフィーを掲げる国枝慎吾
=ウィンブルドン(共同)
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テニス史のみならずスポーツ史に刻まれる偉大な記録だ。最大限の賛辞と拍手を送りたい。
車いすテニス男子の国枝慎吾がウィンブルドン選手権で初優勝し、男子初の四大大会全制覇とパラリンピックでの金メダル獲得を合わせた「生涯ゴールデンスラム」を成し遂げた。
38歳の国枝は、四大大会の男子シングルスで通算28勝、ダブルスを合わせると50勝を数えるが、右肘には2度の手術を受け、昨年夏に東京パラリンピックを制した後は引退も考えたという。体力、気力とも過酷な状態で金字塔を打ち立てたことに頭が下がる。
国枝の功績は記録にとどまらない。その実力が早くから世界に認められた第一人者であることを、改めて確認しておきたい。
国枝が初めて四大大会を制したのは2007年だった。当時、日本人記者が男子テニスのトップ、ロジャー・フェデラーに「なぜ日本のテニス界から世界的な選手が出てこないのか」と質問したところ「クニエダがいるじゃないか」と即答されたという。
その存在をフェデラーに教えられなければならないほど、わが国の車いすテニスやパラスポーツに対する認識は遅れていた。
見方を変えれば、国枝の多年にわたる活躍が、日本のファンにパラスポーツの価値と魅力を気付かせてくれたといえる。
車いすテニスでは、今夏のウィンブルドンで女子ダブルスを制した上地結衣、6月の全仏オープンで4強入りした16歳の小田凱人らの活躍も目を引く。世界の最前線で競技をもり立てているのが、国枝の背中を追う日本勢であることは実に誇らしい。
東京パラを経験したことで、国民の意識も社会も前進した。パラアスリートをメダルの色だけで評価する時代ではなくなり、「多様性」や「共生」のシンボルを背負わせる論調も聞かれなくなった。パラスポーツが日常の一こまになったということだろう。
国枝の言葉を借りれば、パラアスリートとは人間の無限の可能性を体現する存在だ。車いすテニスを、障害の有無を越えた一つの競技として楽しめる次元にまで引き上げた。それが、国枝の最大の事績といえるのではないか。
国枝にはさらなる活躍を願う。観客席とテレビ桟敷のファンを、まだまだ熱くさせてほしい。
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2022年7月17日付産経新聞【主張】を転載しています